2011年8月15日 (月)

吉武泰水山脈の人々

一昨日、鹿島出版会から「吉武泰水山脈の人々-建築計画の研究・実践の歩み」という本が届いた。ほんの数ページだけ執筆したので献本いただいた。大学の先生方が多いこともあって、本書にとりあげられたほとんどの方々に縁あって実際にお会いしたことはあるのだが、改めてその業績を知ることになった先生方も多い。まだまだきちんと読んではいないが、丸善の建築計画学、建築設計計画研究拾遺Ⅰ・Ⅱとともに、昔の研究をその背景からきちんと理解しておく必要性を感じる。

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2011年5月31日 (火)

原発事故と節電

福島第一原子力発電所が3月11日の地震による津波に被災し、東京電力管内ではこの夏の電力不足が深刻になるといわれる。地震直後は、福島原発だけでなく、多くの発送電設備が被災し、東電も計画停電を余儀なくされた。しかし、このところの“節電”さわぎは、度を超しているように思える。
東京メトロ(地下鉄)に乗ると、東京電力の計画停電に対する節電のため、電車の本数を通常より少なくした臨時ダイヤで運行しているので、ご理解とご協力をお願いしますという主旨のアナウンスが時折流れる。駅のエスカレータも一時止まっていた。(この頃、ようやく動いているようになった。)お年寄りや身障者の方々や体調不良の方々は大変だったろう。
だが、駅などでよく見かけるようになった電力の需給バランスのグラフを見ると、いつも60~70%にとどまっている。つまり、電気は足りているようなのだ。夏の電力不足に備えて、練習しているのかもしれないが、これはどういうことだろう。東電の失態に乗じてサービス低下を転嫁した「コスト削減」ではないか。
電気はそうは簡単には貯められない。必要な節電とは、電力の供給量を、需要が上回り、必要なのに電気がとまってしまうところがでないように、不要なところを切ることだと思うのだ。だから、足りているうちは大丈夫。
供給量と、需要量とがきちんとモニタリングできていれば、必要以上の節電はいらない。東電をかばうわけではないが、原発事故の補償を考えると、東電にお金を回すことも必要なのではないだろうか。今の政府の枠組みでは、節電をすればするほど、電気料金があがるか、増税に頼るしかなくなりはしないか。
さて、問題は、夏らしい。
資源エネルギー庁が、この夏の予測を発表している。これを見ると、ニュースの発表通り、概ね9時から20時くらいまでピークがずっと続く。だが、少しまてよと。これは全体。個別にみると、鉄道や工場のように、ある程度ずっとピークが続く電気設備もあれば、オフィスや家庭のように、ピークは1~2時間程度のところもあるはずだ。そうなると、必要なことはそれぞれの需要家が自分のところの1日の電力消費をきちんと把握し、山を分散させること。それを積み上げれば、よいのではないだろうか。
ただ、山を分散させる、つまり蓄熱や蓄電を山が低いときにしておく、ピークシフトは、全体から見ると省エネルギーにはならない。電気は貯めにくいので、氷や水の形で貯めても、かなりのロスが生じる。となると、昼間の火力発電を増強するのが、よいという結論か?。
原発事故以前は、CO2排出量は少ないが、出力制御しにくい原発電力がベースになるから、夜のうちにせっせと蓄熱しておけば、地球環境にも優しいはずだった。昼間のピークは太陽光発電が活躍するはずだった。
脱原発には、自然由来の不安定なエネルギー=電気をどうやって貯めておくかが、重要になりそうだ。

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2011年5月 3日 (火)

白毛女

Bunkamuraオーチャードホールに松山バレエ団の「白毛女」を観に行った。「森下洋子舞踊歴60周年記念」だそうだ。そもそも4月29日(金)に府中の森芸術劇場に行く予定にしていたが、3月11日の震災の影響で、中止になったため、5月3日の回に変更してもらった。それもあって、最後に「朗読」による挨拶があった。
「白毛女」は1955年に松山樹子が初演したそうだから、56年になる。森下洋子も1973年(昭和48年)に「白毛女」を演じているが、その時以来らしい。そもそも60年の機会に「白毛女」を選ぶというのも、松山バレエ団の精神の現れであり、因縁だが、震災はいっそうにこの選択を際立たせた。震災は神や自然がもたらす人間への戒めかもしれないと。白毛女の時代設定は、恐らくは共産党革命以前の封建時代の中国・黄土高原。封建専制政治による民衆への圧迫からの解放を願う、喜児(シーアル)の物語。そして、時代は新しい前進へと向かう。喜児は「白毛女」となり、平和を願う。
先の戦争、原爆、神戸の震災、このたびの震災。人間の愚かさを自然や神はときとして気づかせる。人間は無力だが、気づいた人間はそれでも再び縁を頼りに立ち上がる。
ホール入口に竹中工務店・竹中統一氏とその背後に富士急行・堀内光一郎氏からのお花が飾られていた。協賛の東リを含め、芸術・文化には、それでもやはり経済的な下支えが必要で、資本主義経済における富の循環の流れの一支流がそこに向かい、再び人々を活気づけるということのようだ。

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2011年3月12日 (土)

地震避難

昨日(3月11日)は、品川プリンスホテルのメインタワー34階で、東京工業大学・ライフエンジニアリング機構、第1回シンポジウムに出ていました。高層階だけあって相当に揺れました。講演はいったんは継続されましたが、2回目の大きな揺れの後、高台のテニスコート、駐車場に避難することになりました。歩いて避難階段を2階までおり、そこから坂道をのぼりました。
津波警報がでているとのことで、そこに16時半過ぎまでいました。
携帯の電源が切れてしまい、どうしたものかと思っていましたが、コンビニで乾電池式の充電器を購入しました。はじめ安い、使い捨てのものを買うことも考えましたが、乾電池式の方を買ったが、便利でした。
そこから、品川駅方面に行ったところ、鉄道は動いておらず、タクシー乗り場、公衆電話ボックス、バス停に多くの人がならび、溢れていました。
ここで、腹を決めて、歩いて帰宅することにしました。
携帯が使えるようになり、EZナビウォークGPSで現在地を確認しながら、渋谷か恵比寿からあわよくばバスに乗ろうと、歩き出しました。国道1号を歩く人は多くいましたが、坂を上っていく人はあまりいませんでした。
途中、バス停で待つ人もいましたが、バスが来る様子もなく、恵比寿に向かったときには、いっぱい人を乗せたバスになんとかのろうと必死になっている人もいました。
ここで、電池が切れてしまいましたが、予備の乾電池をもっていたので、入れ替え、地図を見続けることができました。
恵比寿でトイレを借りて、そこから駒沢通りを歩くことに。車は渋滞つづき。
恵比寿を超えてからが、日も沈み、かなり長く感じられました。

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2010年10月31日 (日)

SPSSユーザー会

先週の金曜日、IBMSPSSの営業の人に頼まれて、SPSSのユーザー会「Directions Japan 2010」で、話をした。パス解析のソフトウェアAMOSをどのように実際に使っているかを中心に話をしてほしいと、多少会社の宣伝をしてもよいということで、これまでに建築学会や病院管理学会で発表している内容で、AMOSを使った分析を中心にお話をした。
前半は、調査の目的やその背景となる考え方、そして一般論としての調査の進め方、後半は、AMOSをつかった研究事例を体系的に4つ。最後の事例は、先週の第48回日本医療・病院管理学会学術総会で発表した内容で、評価構造モデルを一部リバイズして発表した。
結構盛りだくさんの内容になり、50分の時間を使い果たしてしまった。というのも、終了時刻を10分間違えていて、自分では10分余して質疑の時間を十分とったつもりになっていた。ともかく、時間ぴったりに終わった感じで、それはそれでよかったのかも知れない。会場は、東京ドームホテルの42階で、窓からの眺めがとてもよかった。公演中はカーテンが引かれ、スポットライトでほとんど聴衆の様子が判らなかったが、結構満席だったそうで、後で来た話では別室で20名ほどが、見ていたそうだ。
そのうち、参加者のアンケートを集計して返してくれるそうなので、たのしみにしている。

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